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Twitterでフォローする人を増やしたいのだけれど、踏みとどまってしまう原因について

フォローが1,000を越えると世界が変わる、みたいなことを言う人がたくさんいるので、ぜひ僕も増やしてみたい。どんな感じなのか、そりゃあもう興味ある。


だからと言って、手当たり次第に、相手がどんな方なのかをよく調べずに、機械的にフォローしまくる方法には抵抗がある。僕からのフォロー通知が届いたとき、相手の方に無節操な人間だと思われたくないからだ。こういう手当たり次第な方法は、Twitterの世界では許されているのだろうけれど、礼儀正しい行為かといえば決してそうだとは思えないし、あまり美しくないと僕は思うわけで。


ちなみに僕の場合、フォローしていただいたときに、相手の方のプロフィールを拝見して、ブログも見せていただいて、タイムラインをズイーッと見ながら、ふだんどんなことを発言していらっしゃるのかを知るようにしている。そして面白かったり、共感できたり、心が動いてしまうような共感できる部分をその人に見つけ出してからフォロー返しをさせていただくことにしている。ちゃんと、何かがつながってからフォローさせていただくと。


というのも、なんだか僕にとっては「誰かとつながる」ということが、とても「重たい」ことで。フォローし合うことで「つながり」が始まってしまう事実も重いし、その人の目に僕のつぶやきが触れるかもしれない、と考えると、下手なことは言えないという責任を感じてしまって、見えはしないけれど、何かがずっしりとのしかかってくるからだ。もう、僕はそういう性質なのだ。


だから、ときどきその重さが息苦しくなって、Twitterからもブログからも離れたくなる衝動がやってくる。書かないのはもちろん、目を背けてTwitterもブログも見ないようにしてしまう。そんなふうに苦しく感じることってあなたはないですか?


これはリアルの世界でも同じなんだけれど。人とつながることの重さは、リアルでもネットでも、僕の場合はそれほど変わらないから、1,000人もフォローしているような人たちは軽やかでうらやましいなぁ、とつくづく思う。



でも、だからと言って、フォローしてくれるなとかいうことでは全然なくて、フォローしていただけるのはとてもうれしいことなので、ぜひお気軽にフォローしてください。なんか矛盾しててすみません。

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